田舎の学問より京の昼寝

ある本を読んでいたら「田舎の学問より京の昼寝」という諺に出会った。恥ずかしながらこの諺を知らなかったのだが、意味を調べてみるとなかなか面白かった(字面通りなのだが)。

要するに「都会にはいろいろなもので溢れているから、田舎で一生懸命書物を勉強するよりも、街を見て歩くだけでもいろんな知識を多く深く学べるものだ」という趣旨である。田舎で大学受験勉強をし、その後都会で学び、そして今地方に暮らしている身としては、なるほど共感できる諺である。高校生の頃、大学を目指してこれと信じた参考書を勉強していたが、大学に合格し「京」に出で様々な人やことに触れ、こんな世界があったのかと驚いたものである。高校時代に比べて明らかに勉強しなかった大学時代だが、いろんな人や風景、文化に出会った大学時代の方が明らかに知性が刺激された(だから都会の方が地方より良いということでもない)。

さて、この諺で感じ入ったのは、地方よりも都が知性を刺激する知的文化に溢れているという主張よりも、「京で昼寝をする(人の)心の余裕」である。地方で過ごした高校時代を思い返してみると、知力をつけるため必死になっていた。頼るものが参考書しかなかったから、一心不乱に参考書を勉強した。知力を身につけるためには、それが唯一の方法だと思っていた。ところが、「京」での学びはガツガツしていないかった。それは、ゆっくりとした時間の中のこってりとした学びであった。そのように学ぶことを好しとされた。今思うと、地方にいた高校時代は

  • 知識は知力や教養をつけるきっかけに過ぎないこと、
  • 知識だけを入れても仕方がないということ(教養があることと知識が豊富であることは異なること)、
  • 知力や教養をつけるためにはゆっくりじっくり考えることが必要であること

をまったく分かっていなかった。狭い世界に住む、知識偏重主義者であった。

「田舎の学問より京の昼寝」という諺は、知力・教養を身につけるには、知的な文化環境だけでなく、心のゆとりが重要であることを考えさせてくれる。

夏近し

朝近所を歩いていると,花壇の壁にセミの抜け殻がくっついていることに気付いた.セミの鳴き声はまだ聞こえ始めていないが,早くも地上に出て飛び立ったセミが現れたようだ.

ジメジメした日が続いているが,もうすぐ夏が始まりそうだ.

沖縄のミツバチ

ミツバチの飼育数が最も多い都道府県はどこかご存じだろうか?答えは沖縄だそうだ.気温が下がる冬場はミツバチの繁殖が止まるが,一年中温暖な沖縄はいつでも養蜂ができるそうだ.

沖縄がハチミツで有名とは聞いたことがないので,不思議に思ったのだが,沖縄では養蜂の主たる目的がハチミツではないらしい.では,何目的か.答えは,ミツバチを農家に販売するためである.カボチャやヘチマのような植物は,雄花から雌花への受粉が必要となる.こういった植物の受粉に一役買っているのが,ミツバチである.ミツバチは農家の方々にとってなくてはならない労働力.この労働力を売るのをメインしているのが,沖縄の養蜂家なのだ.

ミツバチといえば蜂蜜しか頭になかったので,この話はかなり印象的だった.大量のミツバチに受粉というマイクロタスクを投げる農家さん.ウェブ上のクラウドソーシングとちょっと重なって見えた.

ガワ

ひょんなことから,御前崎にガワという郷土料理があることを知った.ガワとは「カツオなどの生魚を細かく刻んだものを,梅干しや玉ネギなどを薬味として食べる冷たい味噌汁」である(参考URL).久々にドライブと外食をしたかったので,御前崎までガワを食べに行く.

事前にリサーチしておいた三平寿司に向かい,ガワの素麺を注文.味噌のこってりさとシャキシャキ甘甘のタマネギ,鰹の肉のコンビネーションがたまらん.ツルツルと素麺が口の中に吸い込まれていき,あっという間にごちそうさま.美味しかった.

これなら鰹のたたきさえ手に入れば,自宅でも作れそう.そのうちトライしてみようと思う.

手紙

コロナ禍の過ごし方について学生と雑談をしていたとき,学生Aが興味深い取り組みを語ってくれた.Aさんは大切な人Bさんと手紙を始めたそうだ.なお,Aさんは普段手紙は書かない.手紙を書くのも久方ぶりであるとのこと.AさんとBさんは,緊急事態宣言下で会えないほど遠いところに住んでいるわけでもない.にもかかわらず,手紙を書くことにしたというのだ.良い取り組みだと思った.

新型コロナウィルスの問題で人との接触を避けざるを得なくなった今,コミュニケーションのために多くの人がとったアプローチは「インターネットを使ったビデオ通話」である.確かにZoomやWebEx,あるいはもっと手軽なLINE通話などは,ネットさえあればすぐに起動し,リアルタイムに相手の顔を見ながら話をすることができる.対面では会えないけど,手軽に相手とコミュニケーションをとるには有力な方法だ.

一方で,この手のビデオ通話に疲れも感じてきている.ビデオ通話を使えば,手軽にミーティングができることに気づき,ホイホイと予定にミーティングが追加される.気付けば,3時間連続で6つのミーティングが入っている.目的の決まったビデオ会議は,始まりから終わりまであまり余白がない.そして,対面のコミュニケーションと比べて微妙に足りないものに引っかかりを感じる.ビデオ通話は時間的・空間的距離を縮める.直接会って話をすることができない状況を打破するために,ビデオ通話は可能な限りオフラインコミュニケーションを置き換えようとするが,かえってそれがストレスを感じさせる.

手紙はどうだろうか.届くのに時間がかかる.手紙を読むときに相手の顔が映っているわけでもない.即座に相手に返答をすることもできない.ビデオ通話より伝えられる情報は限られる.明らかに手紙は「今風」のリッチなコミュニケーションは演出できない.しかし,あえて限られたスペースに情報を詰め,あえて時間をかけてコミュニケーションをとる手紙は,1回1回のコミュニケーションを味わい深いものにしてくれる.相手からの手紙を待つ楽しみも生まれる.何を書こうかと考える楽しみも生まれる.

メールやLINE,SNSは,即座にコミュニケーションを取れて便利である.一方で,すぐに反応しないといけない強迫観念にせまられることもある.無駄なコミュニケーションも増えたような気もする,便利さ故に,使う側の精神がすり減っていることも事実である.こんな状況だからこそ,手紙をすることで,時間の使い方・感じ方をゆっくりだが味わい深いものにできるかもしれない.大切なものをより大切に感じられるようになるかもしれない.手紙のスローなインタラクションが一層素敵に思えた.

しりとり

研究室の学生とZoomで絵しりとりをした.割と楽しめたのだが,僕が聞いたこともないルールを学生が使っていたことに驚いた.そのルールとは「1文字OK」である.例えば,「するめ(イカ)」と答えた人がいて,次の回答として「め(眼)」を許すというルールである.

しりとりというゲームは,前の人が言った単語の最後の文字から始まる別の単語を考えて,数珠つなぎのように楽しむゲームだから,前に進まない1文字の回答はナンセンスだし,NGルールだと思っていた.ウェブを調べてみると,そういうルールを設ける場合もあるが,Wikipediaを見る限りでは厳格にルールとして設けられてはいないようである.なんだか納得がいかないw

ところで,Wikipediaを読んでいて面白い情報を見つけた.日本語には「る」で始まる単語が極めて少ないそうだ.そのため,「る」で終わる日本語をたくさん知っておくこと,「る」で始まる外国語の単語をたくさん知っておくことが重要であるそうだ.なるほど.

RTX830とRTX830MB

RTX830が使えない問題について,原因が見つかった.自宅に届いたルーターは,RTX830ではなくRTX830MBだったのだ.RTX1210にはなかったシールが貼られていることは気になっていたのだが,見た目もまったく変わらないし,正確な型番表現にはMBがつくのかもくらいにしか考えてなかった.

どうもこのMBが曲者らしい.調べたところによると,RTX830MBは,第一興商という会社が販売しているカラオケ機器のDAM向けのルーターで,RTX830のOEMだそうだ.問題はファームウェアをDAM用に改造してあること.RTX830のマニュアルに従っても,管理画面に入れないことに合点がいく.某掲示板によると,ある操作をすればRTX830の状態に戻るそうだが,その方法は社内秘だそうだ.

僕がRTX830MBを注文していたのなら確認不足を反省するが,注文明細を見直したところ,確かにRTX830を注文している.問題に気付いたので,すぐに返品センターにものを送ったが,こちらの非で返金できないという結果になったら,たまったもんじゃない.

Remoをテスト

バーチャル会議システムRemoを使って見ることにした.遠隔会議にはZoomを利用しているが,どうしてもプレゼンス感が足りないし,何よりもフラット他人と雑談する気にならない.

Remoは,丸テーブルが複数台並んでいるバンケット会場のようなUIを持っており,同じテーブルに座らないとビデオも音声も使えないという仕掛けが面白い.隣のテーブルに誰がいるかは見えるようになっているので,ちょっと会話を変えてみたいと思えば移動すればよいのだ.

会場全体に話しかけたいときは,画面上部のステージに移動する.そうすれば,各テーブルでの会話を強制終了させ,全体にビデオと音声を届けることができる.

非常に良くできた仕組みになっているのだが,弱点は利用料金が高いこと.なんと月額50ドル.これを使えば研究室メンバー間でのコミュニケーションが増えるのであれば,対面でのコミュニケーションができない今であれば支払うのはやぶさかではない.

改正著作権法と授業目的公衆送信補償金制度

改正著作権法により,オンデマンド動画配信等を用いたオンライン授業において,他人の著作物を利用する際の条件が緩和されることになった.SARTRASという団体に補償金さえ支払えば,著作者の許諾を得ることなく著作物を使った授業資料を使ってオンライン講義することが可能になる.

緩和されたとはいえ補償金は支払わないといけないため,教育現場としては他人の著作物を利用したオンライン授業に躊躇してしまう.ところが,この度新型コロナウイルスの件もあり,2020年度は補償金ゼロとする特例措置がとられる準備が進んでいるそうだ(参考).在宅学習用に急遽学習資料を作らないといけない状況なので,この措置が実行されれば非常に助かる.

とはいっても,他者の著作物を利用したコンテンツに不特定多数の人がアクセスできるようにしてしまうのは禁じられているので,受講生のみがアクセスできるようアクセス制限をかける必要はある.

サルの自撮り

「サルの自撮り」という面白い記事を見つけた.ある写真家が,細工を施したカメラをジャングルの中に置き,サルがカメラのシャッターを押して自撮りできるようにした.写真家の思惑通り,猿の自撮り写真が撮れたので,この写真家はサルの写真を「自分の作品」としてリリースした.

ところが,あるメディア団体が「著作権は法律上の人しか持つことができない権利なので,今回の写真はパブリックドメインである」として,公開されているサルの自撮り写真を自由に使って儲けを得た.写真家とメディア団体は法廷闘争に.この過程である動物団体が「サルにも著作権が認められるべきだ」と主張しはじめ,さらに混乱が生じる.最終的に「人間以外に著作権は認められない」という結論になった.経過をすべて終えていないのだが,「写真家にサルの自撮り写真の著作権がある」という結論には至っていないと思われる.

恥ずかしながらこの「サルの自撮り」の話は知らなかったのだが,この話は人工知能が生成した作品に著作権が発生するか否かに関係するものだ.CRIC 外国著作権法 英国編(大山幸房・今村哲也訳)によると,「コンピュータにより生成される文芸、演劇、音楽又は美術の著作物の場合には、著作者は、著作物の創作に必要な手筈を引き受ける者であるとみなされる」となっているが,人工知能が完全に自律的に作品を作った場合はどうなのか?

「サルの自撮り」の件を踏襲すれば,人工知能が作った作品には著作権は発生しないということになる.人工知能を使って文章や画像を作成して情報発信を効率化しようとする流れは加速している.人工知能に著作権は認められなくても,その人工知能を作った法律上の人と人工知能との共同著作にはしたいという人はいてもおかしくない.