ポスドクとは何かと聞かれたら

京都を去る前に、ある学生団体から「ポスドクになるためには?」というイベントに登壇して欲しいとの依頼があった。ポスドクを経験した身としては、とても違和感を感じるタイトルである。まるで「ポスドクになることは素晴らしい夢」であるかのようなタイトルである。ポスドクなんてできればなりたくないし、なったとしても早く脱出したい — これが、ポスドク経験者の一般的な意見だと思う。とは言っても学生からの強い希望なので断るわけにはいかない。

学生の頃を思い返すと、学位取得後どうやって就職活動をするのか、ポスドクになったら何をするのか、きちんとした情報を聞いたことがなかった。今僕がポスドクがどんな存在なのかを知っているのは、たまたまポスドクの経験、若手研究者支援の経験があるからである。

せっかくなので、これを機に僕が知ってるポスドク情報をまとめてみようと思う。


いわゆるポスドクとは?

Wikipediaによると、ポスドクとは「博士号(ドクター)取得後に任期制の職に就いている研究者や、そのポスト自体を指す語」とされている。大学等の研究機関での勤務経験があれば、ひとえにポスドクといっても色々なタイプがあるし、公的にポスドクとされていなくても実質ポスドクのような活動をしている人がいることを知っている。まずは人事制度、活動内容の観点から「ポスドク」を整理してみる。

人事制度上のポスドク

大きく分けていわゆるポスドク(博士研究員)任期付き教員の2種類に分けられる。

いわゆるポスドク(博士研究員)

肩書(職階)に研究員という名称が入る職、いわゆるポスドクである。大学によって正式な名称が異なる。例えば、京都大学では任期付きのスタッフを「特定有期雇用教職員」と定義しており、そのカテゴリの中でいわゆるポスドク職のことを「特定研究員」と呼ぶことにしている。特定研究員は「特定のプログラム、プロジェクト等に係る研究に従事する」ことと定義されている(国立大学法人京都大学特定有期雇用教職員就業規則より)。要するに、ある研究プロジェクトを遂行するために、任期付きで雇用される研究スタッフがいわゆるポスドクである。

任期付き教員

職階にポスドクという語が含まれていないが、いわゆるポスドクと同様に任期付きで雇用され、プロジェクトに従事する職が存在する。「任期付き教員」である。例えば京都大学では、任期付き教員のことを「特定教員」と呼ぶことにしている。特定教員は「特定のプログラム、プロジェクト等に係る教育研究に従事する」と定義されている。大学やプロジェクトによっては、特定と枕詞が特任、特認、特別などに変わることもある。特定助教や特定准教授といったように、特○という枕詞は付くが、ふつうの教員のように見える肩書が付くので、対外的にはポスドクよりも身分が高いように見える。

ポスドクも任期付き教員も特定のプロジェクトの予算で雇用され、そのプロジェクトに従事するという点では同じである。しかし、決定的に違うのは、

  • (いわゆる)ポスドクは研究にのみ従事する、
  • 任期付き教員は研究にも教育にも従事する

と定められている点である。後の「ポスドクの活動内容」でも述べるが、この違いは大きい。いわゆるポスドクは規定上は教育に携われない。要するに講義が持てないのである。

ポスドクの活動内容

いわゆるポスドクであれ任期付き教員であれ、特定のプロジェクトの遂行のために雇用されているため、原則、プロジェクトのミッションに沿う活動が求められる。業務内容としては、例えば以下が挙げられる:

  • プロジェクトの目的達成に資する研究
  • プロジェクトメンバー、ステークホルダーとの連絡調整
  • スケジュール管理
  • 予算管理
  • プロジェクトで使用する物品の発注・管理
  • 中間報告書、最終報告書の作成
  • プロジェクト広報
  • 成果報告会など対外イベントの企画・運営

このように担当する業務内容は多岐にわたる。プロジェクトを放置し、自分のしたい研究だけをするということはできない。ポスドクはプロジェクトのミッションと自分の専門分野、興味のあるテーマを擦り合わせながら研究を進めることになる。

ちょっと昔まではプロジェクトと言えば研究プロジェクトを指していたが、最近は「博士課程リーディング大学院プログラム」のように教育プロジェクトも増えてきている。そのような教育プロジェクトに雇用された場合、主な業務内容は教育プロジェクトの企画・運営になるので、自身の研究活動にかなりの制約がかかることになる。

以上のように、ポスドクはプロジェクトのために働くことが求められており、活動の自由度が低いように見える。しかし、プロジェクトの性質、上司の性格によってはプロジェクトの仕事をしつつ、空いた時間に自身の裁量で研究を行ったり、研究費申請を行ったりすることができる。以下では、活動の自由度別にポスドクの活動内容を整理する。

自由度: ★★★(自由裁量ポスドク: JSPS 特別研究員PD、文科省 卓越研究員、京大 白眉ポスドク)

ほぼ完全な裁量権が与えられているポスドク。JSPS特別研究員PDや文部科学省の卓越研究員制度、京都大学の白眉プロジェクトなど、優秀な若手研究者を育成するためのプロジェクトに応募し採用されたポスドクがこれにあたる。このカテゴリに属するポスドクは少数である。大抵の場合、どこかの部局(学部、研究科)や研究室に所属することになるが、ほぼ独立した状態で研究を進めることができる。上司がいたとしても保護者的な役割であること多い。若手研究者に研究に集中してもらうことが雇用元プロジェクトの大目的であるので、雑務が降ってくることも少ない。自分の裁量で研究テーマを決めることができる。また、科研費などの競争的資金にも自由に応募することができる。

自由度: ★★(一般的なポスドク: JST CREST、科研費ポスドク)

特定の教育・研究プロジェクトの予算で雇用されたポスドク。プロジェクトのゴールを達成するための研究・教育の遂行が主な業務である。一般的に、この種のポスドクは、雇用元のプロジェクトに100%のエフォートを割くことが求められる(※1)。

プロジェクトにはすべからくゴールが設定されている。受託研究型のプロジェクトの場合、ゴールを達成するために雇用経費が確保されているため、ポスドクが取り組む研究テーマは、プロジェクトに縛られることになる。プロジェクトのミッションが厳格に決まっている場合、あるいは上司が独裁型のプロジェクト運営をする人であった場合、研究テーマの自由度は小さくなる。一方、プロジェクトや上司の性格が緩ければ、プロジェクトのゴールの枠からはみ出さない形で、ポスドクが研究テーマを設定できる場合もある。また、雇用元プロジェクトで自由に研究をさせてもらえなかったとしても、プロジェクトの空き時間外で自由に自分がやりたい研究をさせてもらえるよう、エフォートに穴を空けてもらえる場合もある。上司との交渉次第であるが、科研費等の外部競争的資金への申請が許される場合もある。

このように、一般的なポスドクは雇用元プロジェクトの制約を受ける。自分が希望する研究テーマとプロジェクトの方向性が一致していれば問題はないが、方向性が合わない場合、気持ちの整理が必要であろう。今までとは異なるテーマや分野で論文を書くことも少なくない。ポスドクとして生き延びるためにも、違う分野やテーマに順応することが重要となる。これまでと異なるテーマや分野で研究することにもメリットはある。ともすれば、研究者は自身の研究分野に閉じこもりがちになったりするものだが、これまで取り組んできたプロジェクトとは異なるプロジェクトに飛び出ることで、知識、見識、視野を広げることができる。ただし、ポスドク生活が長くなると、いつまでたっても「自分の柱」を育てることができない。早くポスドク生活から脱出できるに超したことはない。

さて、ここまでポスドクが取り組む研究テーマについて述べてきたが、ポスドクの仕事は研究だけではない。プロジェクト運営、ミーティング調整、中間・最終報告書の作成、予算管理、物品発注、ホームページ作成・更新など、プロジェクトを進めるための周辺活動もポスドクの仕事として割り当てられる場合がある。この種の仕事は、プロジェクト専属事務や研究室の秘書さんが担当してくれるものもある。しかし、報告書作成のように研究内容に関わる事務作業は研究が分かっている人が担当しなければならない。リサーチ・アドミニストレータのように、研究も分かるマネジメント人材がプロジェクトに割り当てられていれば、プロジェクトマネジメントに関わる業務を彼らと分担して行うことができるので、研究者の事務負担を減らすことができる。そのような人材が割り当てられない場合は、ポスドクにしわ寄せがくることも少なくない(※2)。

最後に、教育プロジェクトで雇用されたポスドクについて、少しだけコメントする。博士課程リーディング大学院プログラムやスーパーグローバル大学プログラム(SGU)のように、近年は大型の教育改革プログラムが実施され、採択されたプロジェクトでポスドクが雇用されることも増えてきた。教育プロジェクトは教育に主眼が置かれているので、そこで雇用されたポスドクのミッションは教育プロジェクトの企画、運営に関することになる。研究プロジェクトに雇用されれば、自分の研究の方向性と合致するかは別として、論文実績を増やすことはできるだろう。一方、教育プロジェクトで雇用されたポスドクは、研究をすることを求められていない。そのような状況の中で研究を行い、研究実績を積み上げていくには工夫が必要となる。例えば、教育プロジェクトの中身と自身の研究を関連づけたり、教育プロジェクトをそのものを研究対象とする等の工夫が考えられる。どれくらい工夫が必要かは上司やプロジェクトの性質にも依る。先に述べたように、プロジェクトや上司が緩ければ、エフォートに穴を空けることで自由に研究をする時間を確保できる可能性もある。

※1 エフォートとは、「全仕事時間に対して当該プロジェクトの実施に必要とする時間の配分割合」のことを指す。

※2 プロジェクトマネジメント業務の経験を積むことは悪いことばかりではない。研究プロジェクトをうまく運営できるようになれば、より優れた研究成果を生み出すことができるようになる。一般的に、研究者は研究のトレーニングは受けるが、プロジェクト運営のトレーニングは受けることはほとんどない。ポスドク期間は、研究能力を高める期間であると同時に、申請書作成やプロジェクト調整、広報活動など、プロジェクト運営に関わるスキルを鍛えるチャンスでもあるのだ。

自由度: ★(Blackポスドク)

研究実績を積み上げるための時間をまったく確保できないポスドクである。時間を確保できない理由としては、例えば、

  • プロジェクトが迷走しており、研究テーマが二転三転し続ける、
  • プロジェクトの瑣末な業務ばかり担当させられる、
  • 雇用元プロジェクトとは関係ない仕事を大量に割り当てられる、

などが考えられる。これら理由の多くは、上司のプロジェクトマネジメント能力の低さに起因する。雇用元プロジェクトと関係ない仕事が割り当てられるとは、どういうことなのか。プロジェクトのリーダーは、ポスドクが雇われているプロジェクト以外にもプロジェクトを持っている場合がある。それ以外にも、大学の講義や演習、研究室の運営などを抱えている。これらをポスドクに任せる(押しつける)のである。常識のある人であれば、プロジェクト推進のために雇用されたポスドクに、プロジェクトと関係のない仕事を押しつけたりしない。

雇ってもらった恩義もあるし、上司との付き合いも大事なので、多少はプロジェクト外の仕事を担当することもあり得るだろう。また、プロジェクトは研究室の活動と絡んでいることもあるので、研究室の運営にも協力せざるを得ない場面もあるだろう。ポスドクが専任教員になるためには、研究だけでなく教育の経験を積むことも必要なので、余力のある範囲で授業や演習の手伝いをすることには意味がないわけではない。しかし、ポスドクを雇用する本来の目的は、プロジェクトの推進である。上司の都合や気まぐれでプロジェクトとは関係のない仕事が大量にポスドクに降ってきて、プロジェクトの研究に満足に取り組めないとなるのは本末転倒である。プロジェクト経費の目的外使用だと言われても仕方がない。

この種のポスドクは、雇用元プロジェクトですら研究成果を出すのが難しい。当然ながら、自分の研究に割り当てられる時間もない。次のポジションを確保するための研究実績を積み上げることができないのに、プロジェクトに留まり続けなければならないのは地獄である。何とかして、置かれている状況を改善する、あるいはプロジェクトを脱出する方法を考えなければならない。


ポスドクになるには?

「ポスドクとは何か」を書くことに夢中になってしまい、本記事のタイトルであった「ポスドクになる方法」に触れるのを忘れていた。ポスドクになる方法について書いて、この記事の終わりとしたい。

ポスドク人事案件の流れ

一般に、ポスドク採用までの流れとして、以下が考えられる:

  1. ポスドクを雇用することになるプロジェクトの採択が決まる
  2. プロジェクト関係者まわりでポスドク候補者を探す
  3. 公募
  4. 書類選考
  5. 面接選考
  6. 採用決定

プロジェクト経費による研究者の雇用は、予算配分元プログラムにおいて採用に関する厳しい制限がかけられていなければ、プロジェクト責任者の裁量で進めることができる。すなわち採用にプロジェクト責任者の意向を反映させることができる。

プロジェクト関係者の周辺に良い人材がいれば、公募を行わずに採用手続きを進めることもある。あるいは、ほぼ誰を取るかを決めておいて公募のプロセスに進むこともある。このケースの公募では「募集期間が非常に短い」「求める人物像やスペック、担当予定の研究テーマなどがかなり限定されている」といったように、意中の人物以外が応募しづらい公募内容になっている場合もある。このような公募に応募を検討している場合は、内々で採用者が決まっている場合もあり得るので注意が必要だ。

公募プロセスまで進めば、あとは書類選考、必要に応じて面接選考が行われる。問題がなければ、教授会で承認されて採用となる。

ポスドクへの道

さて、上記プロセスを踏まえると、ポスドクになるには、大きく分けて

  • 公募前にプロジェクト関係者と知り合いになり、必勝ルートに乗る道、
  • 正規のルートで公募情報をつかみ、ガチルートで勝負する道

の2種類あることが分かる。前者の場合、上司や指導教員から案件を紹介してもらい、プロジェクト関係者を紹介してもらうことが最もあり得るパターンであろう。次にあり得るのは、学会等のイベントで知り合いの研究者から声がかかるパターン。知り合いが多いほど情報が入りやすいので、こういう時に日頃からのつきあいがものをいう。

公募前必勝ルートに乗れない(乗らない)場合は、正規のルートで公募情報をつかむことになる。ポスドク案件を含め、大半の大学研究職の募集はJREC-INというサイトで行われる。新規募集案内をメールで受け取ることができるので、アカデミックポストを探している人でJREC-INを知らない人は、まずはJREC-INに登録することをおすすめする。JREC−INでターゲットとなる公募を見つけたら、あとは書類を作成し送付するだけ。ガチ公募であることを祈って書類選考通過連絡を待つのみである。

以上が、ポスドク情報に関する簡単なまとめである。ここで記したもの以外の情報もあるだろうし、環境や分野によっても事情が異なる可能性もあるので、参考程度に読んでいただければ幸いである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください