水が飛び散る洗面台


ホテルで洗面所に行くと時々遭遇するのが,写真のような洗面台.蛇口から注ぎ出る水に手をさらそうとすると,思ったよりも蛇口が奥側にあり,受け皿の奥の方で手を洗うことになる.結果,弾かれた水が受け皿の外側に飛び散ってしまう(というか,水を外に出してしまう).そのため,受け皿の外側に水が出ないように手を洗おうとするだが,なぜそんな努力をしないといけないのか,残念な気持ちになる.水が飛び散らないようにするためか,蛇口によってはは背が低く作られているものがあるが,蛇口の位置が遠くかつ低い場合かなり手が洗いにくい.

洗面台の設計者は,なぜこのような蛇口の配置にしたのだろうか?蛇口がもう少し内側にあれば,受け皿の内側で手を洗えるので,水が飛び散らなくてもすむ.さすがに何も考えずに洗面台を設計したわけではないだろうから,何か意図はあるのだろう.

あり得そうなのが,受け皿を広く使えるようにするため.蛇口を極力端に持ってくることで,受け皿の上で手を動かせる領域が広くなる.コップや洗濯物を洗うには,蛇口のパイプは邪魔にならない方がよいかもしれない…

仮にこの説が正しいとしたら,個人的には手の洗いやすさを重視してほしい.洗面台の使用目的はまず手を洗うことだと思うから.受け皿の使用可能領域を広げるならば,蛇口の位置を奥にするアプローチではなく,蛇口の位置を高くするアプローチもあるだろうに.もちろん蛇口の位置を高くすると,水が撥ねやすくなりそうだが,そもそも写真のような洗面台でも水を外に出してしまうのだから,蛇口の位置を最適化する余地は十分にあると思う.

リサイクルヒソター

あるモノ(もしくはコト)xが(ある観点から見て)悪い状態に陥っている際、xの関与者のxに対する認識は様々である:

  1. xが悪い状態にあることを知らない
  2. xが悪い状態にあることを知っているが、どうしたらよいのか分からない(どうすることもできない)
  3. xが悪い状態にあることを知っているが、それが悪いとは思っておらず、状態を改善させるモチベーションはない

「リサイクルヒソター」の看板をかかげてリサイクルを受け入れている方は、どういう認識でいるのだろう。周りに間違っていることを教えてあげる人はいないのだろうか。教えてあげても修正しないのだろうか。

ここまで書いて、この看板は注目を集めるためにワザとやっている可能性を思いついた。注目を集めるほど人がいない田舎でこんなことをしてもあまり意味がないだろうから、注目集めの可能性は否定できるであろう。

固定観念:押して開かない蓋

注文していた単4電池が届いた。電池は上記のようなプラスチックケースに電池が納められていた。早速使いたかったのでツメを押して蓋を開けようとするが、まったく開かない。いかにも中華製のケースである。強く押さなければ開かないのだろうと思い、ありったけの力でツメを押すが開かない。中華製という理由で開けることを諦めた。

次の日、同じ商品を入手した学生にケースを開けられたかどうかを尋ねた。なんと、開けられたようだ。開け方を尋ねたところ、爪が引っかかっているように見える四角の輪のした部分を手前側に起こすことで開けられるとのことであった。開けにくいが、確かにその方法を試してみると、四角の上辺が軸となって、四角の輪が手前に動いた。

なんというBad User Interface!! と思えるが、それ以上に自分が他の方法を試さなかったこと、ツメを押して開ける開け方以外に方法はないと思っていたことにショックを受けた。

固定概念にハマっていることに気付くのは難しい。

何を映す鏡か

アムステルダム出張中、マウリッツハイツ美術館の前で見つけたミラー。通常ミラーは死角を確認するために設置するものと思うが、このミラーの周り180度は開かれており死角はない(残り180度は壁)。

ミラーは何のために設置されたのか?よく見るとこの設置場所から壁が一段下がっていることで画面奥側から身を隠せるようになっている。ここで何かこそこそとする人がいるのかもしれない。そうすると、このミラーは誰かがこの場所でこそこそ何かやっているときに、後ろから見れるようにするためのものだろうか?

あるいは、ミラーが向いている先には排水溝の方を向いていることから、この場所でタバコを吸ったり立ち小便をする人がいるのかも知れない。そう思うと、このミラーはそういう人に後ろから見られてるよ、無意識の注意喚起を与えるためのものなのだろうか?