2月12日夜,浜松市水窪町の西浦観音堂まで西浦田楽(にしうれでんがく)を観に出かけた.西浦田楽は,知る人ぞ知る国の重要無形文化財.凍えるような寒さの中,月の出から翌日の日の出まで,20名程度の能衆によって夜通し演劇や舞が行われる.詳しいことは「情報サイト水窪」をご覧いただくのがよいと思う.
参加のきっかけは昨年開催された学会「じんもんこん2019」.学会中,たまたま西浦田楽のアーカイブに関する研究発表をされている方がおり,浜松市の山奥でマニアックな田楽が1000年以上催されていることを知り興味をもった.年が新しくなり,西浦田楽の時期が近づいてきたことを知り,開催日当日に鑑賞を決心.防寒具を用意し,車で出かける.
浜松市街から40km程度,水窪町まで車を走らせる.本当に人がいるのか不安になるくらい,街灯も人気もほとんどない山道を車で駆ける.20時15分頃,会場近くにあるとされていた駐車場に着き,車が30台程度停まっているのを見て,たしかに人間がいることを確認して安心した(車が停めるスペースが足りない状況にやや焦った).会場である西浦観音堂まで行くと,田楽が始まる21時までまだ45分もあるにも関わらず,すでに30名程度人が陣取っていた.
21時になると,観音堂下の階段から能衆の方々がやってきて,田楽がスタート.ここから47演目,途中休憩を1時間程度挟むらしいが,7m x 7mくらいの狭い空間の中で,原則朝7時頃までぶっ通しで演じられる.田楽がスタートすると,ちょうど良いタイミングで山肌から満月が顔を出した.真っ暗闇を照らす月,燃え上がる松明が西浦田楽をさらに幻想的なものにしていた.
予習もせずに鑑賞し始めたこともあり,何演目か見てようやく気付いたのだが,西浦田楽は完全に宗教的なものではなく,民俗芸能要素も多く見られた.
今のご時世にこんな山奥で夜通し昔の民俗芸能をやって何が面白いという意見もあるかもしれないが,1000年以上も同じ場所でほぼ同じ演目をやり続けていることの意味の大きさを感じざるを得なかった.田楽を演じられている能衆の方は10代から70代まで様々.神聖な演目は真剣な表情で演じられる一方で,「高足」などのコミカルな演目は,能衆が楽しそうに会話をしながら演じられていた.能衆の方々は田楽を大変楽しまれている様子で,出番がやってくると「それじゃ,行ってくるわ!」と声を掛け合いながら演目に臨まれている様子が印象的だった.
水窪町の方々にとって,西浦田楽は自らのアイデンティティを決定するものなのだろう.水窪町の方々の「人生」を強く感じた.
今回の鑑賞はあまりにも寒すぎて,足先が痛くなってきたので,12時頃に行われた「船渡し」の演目を観て帰宅することにした.来年は最後まで観れるように準備をしたい.