行動や態度変容を促すデザインのヒントを考えていたときに、たまたま出会ったのが川上浩司さんが提唱されている「不便益デザイン」という考え方。不便益とは「不便がもたらす効用」を意味する。「乗り物を使った方が楽だが、歩いてみると乗り物に乗っていたときには気づかなかったものを発見できた」など、不便だと思われていることもやりよう、実は良いこともあるのではというのが不便益である。この不便益の考え方をもちいて「豊かな」モノやサービスを作るデザイン手法を川上浩司さんは研究されている。
態度・行動変容のアイデアを生み出すには、常識的な考え方だけでなく不便益のような別の角度の考え方が必要だと思っていた。また「便利を追求することで、実は失っているものがあるのでは」「便利ではなく豊かさを実現するためのデザイン手法は何か」という考え方は、僕の問題意識と通ずるところがあった。
ということで、「不便から生まれるデザイン〜工学に活かす常識を越えた発想」を読んでみた。以下はその際のメモである。
不便益デザインが必要となる理由
- 「なくても済んでいたものをなくては困るものに」し、それが各種方面の技術進歩をもたらし、人類はその恩恵を受けてきた。しかし、生活を豊かにしようとして不便の解消を試みた結果が思いもよらぬ問題を発生させていることもある
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- 例:製造ラインの自動化→作業者のモチベーションや改善意欲を低下
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- 例:部分自動化によってブラックボックス化が進み、航空機や原発の事故を引き起こす
- 「必要は発明の母」を超えて不必要なものにまでにターゲットを拡大し、イノベーションを加速させることは、社会や文化に対して有益なことなのか?
- 不便の解消が対処療法的にならざるを得ない場合、新たな問題の温床ともなる
不便益の定義
- 便利 = 特定のタスクを達成するのに省労力であること
(省労力 = 省スキル x 省時間) - 不便益 = 不便がもたらす効用。労力をかけることで得られる益
不便益デザインのキーワード
- 連続性(スキップできない)
- 行動の制約(できることを限定する)
- 時間リソースが割かれる
- 認知リソースが割かれる(例:記憶の必要性、集中の必要性)
- わかりにくい、引っ掛かりのある情報伝達
- メンテナンスが必要
不便の益
- 出会いや気づきの機会拡大
- 対象の理解促進
- 飽和しない習熟
- 能動的工夫の余地
- 自己肯定感の醸成
- 投機的行動の促進
- 解釈の多様性
- 記憶の定着
- 達成感
- オレだけ感 or 愛着
不便益のシステム論
- 便利(省労力)という益だけに過大な重みをつけることなく、他の益に注目してシステムを構築する方法論
- 見逃された些末な事象を顕在化し、それへの事後的対処とは逆に、それがいかに対象系を取り囲む環境や人と相互作用をしていたかを検討することで、デザインへの指針とする試み
- 省労力という益が低下させることを、他の益を高める方策としても良いとする
感想
川上浩司さんの不便益に対する熱い思いが十分伝わってくるし、不便益に対する期待感も感じる一方、不便益デザインの確立にはまだまだ道半ばであると感じた。
不便益デザインの必要条件や不便益デザイン物がもたらす益が何かの整理が進めばデザインの参考になりそうだと思う。一方で、こういったデザインは必要要素やワークフローが整理されたところで、結局のところデザイナーの力量に大きく左右されそうなので、体系化と同時にデザイン技法を身につけるためのプログラムもあったらいいのになぁと思った。