研究室の学生に具体と抽象の話を学んでもらう材料を探しのために,Amazonで高評価を集めていた「具体と抽象(細谷功著)」を読んだ.
内容は「具体」と「抽象」の意味やその特性を,実例をもって分かりやすく語るというも.本自体が具体と抽象を行き来する構成となっている.
オブジェクト指向を学んでいれば,本の内容のほとんどはそれのエッセンスであることに気付く.ただし,オブジェクト指向を「クラスや継承,カプセル化とか使うプログラミングの手法」としか見れてない人は,この本を読んでも「具体と抽象」とは何かが分からないだろうなと思う.
具体と抽象の話が分かる人にとっては,本書の内容はそれほど新鮮ではないが,個人的に得るものがあったのは「具体と抽象が分からない人とのつきあい方」に関する章である.具体の世界で生きている人に本質を抽出した抽象論の話をしても,「曖昧なことを言っていて分かりにくい」と思われてしまう.そもそも,具体の世界でのみ生きている人は,具体と抽象を行き来することが難しい.そのため,具体とセットとしてその抽象の話をしても,その間の関係性が捉えられない.分かりやすく具体と抽象をセットに話していたとしても,別のことを話しているとすら思われてしまうのである.具体を豊富にしても,抽象を捉えられなければ,具体のみで生きる人と抽象の世界と行き来している人の間を埋めることはできない.ジレンマである.
本書を読んで誤解を受けそうだなと思ったのが,「抽象度と本質度の関係」である.本書では抽象的にものごとを考えること(プラス,具体と抽象の行き来)の重要性を説いているため,どうしても「抽象化は素晴らしい」「抽象化された内容は本質を捉えている」という印象を与えてしまう.しかし,抽象度と本質度(価値)はイコールではない.抽象的でも本質的でない事柄は存在する.抽象度を上げすぎて,当たり前のことしか言えていないケースもちょくちょく遭遇する.一方で,具体的でも本質につながることは存在する.
(これは本書でも述べられているが)そもそも,具体と抽象は相対的な関係である.重要なことは,具体と抽象を行き来しながら,適切なレベルで抽象化を行い,その中から議論の価値がある本質的な事柄を選べるかだと思う.